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くじらざのみら Mira Ceti

とても変な星があるように とても変な夫婦がいる

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プチ みらくる

今日は、ワタクシのまわりでよく起こる「プチみらくる」の話をしようかな。
くじら座の「ミラ」は、英語の「miracle」とラテン語派生の語源を同じくする。
まさにワタクシ、みらだけに、みらくるな話ってわけで。

「プチ」ってレベルの「みらくる」って、たとえばこんなこと。

ふっと時計をみる。本当に何気なく。
そうすると、たうくんの誕生日だったりする。
もちろん、みらの誕生日の場合もある。
たうくんのお父さんだったり、お母さんだったり、
みらのお父さんやお母さん、妹だったり、姪っ子のそれだったりする。
でも、みらの兄貴の誕生日だったことは一度もない。
なんかすごい。
生きていて一度もない。

駅ビルにある立体駐車場に停めようとするも、満車が続く。
三階まで昇っても一台も空きが無い。
同じように空きを探してるのか、もたついている前の車。
ふとみると、みらの車と同じナンバー。
そこに上から車が下りてきた。
それもみらと同じ、つまり三台とも同じナンバー。
思わず「うわぁ~まじで!すげっ!」って興奮気味に声をあげたけど
他の二台の運転手さんは、その一瞬の奇跡にたぶん気がついていない。
なんかすごい。
ちょっと誰かに言いたい。

車のナンバーは特に多いの。
もうビックリするくらい同じナンバーの車と遭遇する。
たうくんと一緒に乗ってるときは、いちいち報告するのだ。
だいたいが「あぁ、ホントだ。」とお決まりの答えが返ってくるけど
それ以外に言いようのないことはよくわかっている。

みらは、自分と同じ車のナンバーと出会うのと同じくらいの割合で
ナンバーに自分の誕生日の数字が入っている車と出会う。
同一日に連続で何台もスライドしたりする。
もうそうなると、これは確実にみらのことを応援してくれているのだと思う。
街中の行きかう人々が「みらたん、がんばれよ!」と、次々と言っているように思えてくる。

精神的な病を患った人に、一つの症状として現れる「関係被害妄想」というのがある。
身近に起こるどんな現象も、まるで自分と関係あるかのように結びつけてしまい
それにいろんな意味を悟って恐怖心を抱いたり、被害妄想に陥ったりする。

みらの場合はどうなんだろう?といつも疑問に思ってしまう。
関係妄想には違いないが、それで自分が害を被っているわけではない。
むしろ、そのおかげで気分が良くなっているくらいだ。

しかし、(こんなふうにしてみんなが応援してくれてるんだ!がんばろう!)と思うのは自由だが
それは完全に誤った事実認識である。
この誤認は、そのような着想を得ない人からみれば病的なレベルだといえなくもないが、
誰にも迷惑をかけずに、その上、本人のテンションがあがってより良い状態を作り出していることを考えるに
治療を急ぐ必要はなさそうだ。

しかし、これを聞いた人がまず不思議に思うことは、
どうして行きかう車のナンバーがそんなに気になって目に入るのか、
という点ではないだろうか。

実は、これは一つの癖、あるいは後遺症みたいなものである。
もちろん、もとよりそんな傾向があったわけではない。
小学校三年生の時の「夏休みの自由研究」に端を発するものだ。

今ではまったく付き合いはないが、当時、たいそう仲の良かった友達と共同研究をしようということになった。
来る日も来る日も「会議」と称して集まり、研究課題を話し合った。
そうして最終的に採用になったのが、「道路にたって車のナンバーを確かめ、どの県が一番多いかを調べる」という
おそろしく過酷な課題だった。
町を走る唯一の国道の上下方向のそれぞれに交代で立ち、朝から二時間、昼から二時間ををめどに
お互いの用事が許す限り、夏休み期間中、毎日毎日調べていた。
その結果はもう忘れてしまったが、発表内容は担任教師や学友の度肝を抜いた。
あの二人が道路に立ってどうも何かしらをやっている、という噂はとうに広まっていて、
実際にそんなことをやっていたのか、という驚愕とともに
「なんかすごい」ということになり、二人は一躍、時の人となった。

しかしだ。
その後、二人はそろぞれある苦しい状況に悩まされることになる。
30日以上もそんなことをしていると、人はもう反射的にその動作を行ってしまうようになるのだ。
車が通れば、咄嗟にナンバーを見てしまう。県外ナンバーに異常に反応してしまう。
よくやってしまうのが、四国や九州などの場合、「すごい、○○県から来ている」と声にして言ってしまう。
もちろん関東圏や東北でも「あっ!」くらいは言ってしまう。

ちょうどお盆が近づいた頃、暑さを堪えるのもたいそう辛く、
また遊びたい時間を削ってまでやることなのか?との思いに駆られ続けた。
二人して課題選定を誤ったのではないか?という恐ろしい疑問が首をもたげつつも、
お互いに「もうそろそろ止めようよ」の一言が言い出せない時期があった。

そんな頃、あまりに無意味で退屈な作業を繰り返すだけのように思われたその時間を
なんとかして楽しもうと二人で考えた秘策が
「自分や友達や家族の誕生日と同じ数字の入ったナンバーがきたら当たり、まったく同じ並びだったら大当たり!」
というものであった。
「当たり」「大当たり」って一体なにが?と、少なくとも私は心の中では思っていた。そして、おそらく彼女も思っていた。
当たったところで、誰かが何かをくれるわけでもなく、二人に何が起こるわけでもなかったからだ。
ただひたすら、それで盛り上がった。
特に自分の大当たりナンバーが来ると、「わぁわぁ」言った。言うようにした。

あれから36年経った。
が、いまだにナンバーをみて「わぁわぁ」言ってしまう。いや、言うようにしているのかも?
やっぱり、なんかすごい。











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